‘メッセージ’

【今月のことば】

2018-07-29

【今月のことば】

 

          『  「暇」について 』
◆私が高校3年生の時、日曜日礼拝に行こうとしたら、「そんな暇が
あるなら受験勉強を!」と母に言われたことを忘れることができません。
又、坂西牧師にバトンタッチしてから「お暇そうですね」と言われること
があり、改めて「暇」ということについて考えさせられています。
◆昔、「暇」を「日間」と書いていたそうです。人が働くことや様々なことで
忙しくて、心がビッシリ詰まっている時、そこには日の光が射し込む隙間が
ありません。日の光を受けない植物が育たず実を結ばず、病気になってしお
れてしまうように、忙しさは心を亡ぼし、ゆとりを失わせる危険が伴うこと
から、「日間(日の射し込む間)を大切に」と言われていたそうです。
◆御言葉に「全世界を自分のものにしても、自分自身を失ったら何の益が
あるだろうか」とあります。「私は、木を切るのに忙しくて、斧を見る暇が
なかった」良い木を、より速く、より多く切ることに専念したが、退職後、
見出したのは、刃がボロボロに欠けた斧でした、という話があります。
◆働きにおいて、大きな成果を挙げたとしても、木を切っていた斧である
自分自身は、その間、心身共にすり減っていたとしたら、本末転倒です。
◆常に木を切る斧である自分自身に油をさし、日の光が射し込む日間を
大切に。イエス様の公生涯は日間(礼拝、弟子たちと共に祈る祈り会、
ディボーション)を大切にされました。
石田政美
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