クリスチャンファミリーの幸い
・私はごく普通の未信者の家庭に育った。長男だということで、毎月一日に仏壇、神棚の世話をさせられた。母は病弱の私のために巣鴨のとげぬき地蔵でお百度参りをして手に入れたお札を飲まされたような家庭でした。今は「私と私の家とは主に仕える」(ヨシュア24:15)と、家族全員が同じ主を信じてお仕えできる幸い、素晴らしさは計り知れません。クリスチャンファミリーがどんなに幸いであるかを述べてみます。
・家族と共に祈り合える幸いーー家族の一人の信仰が低下するようなことがあったとしても、祈り合うことにより支えられ、助け合うことができます。
・信仰教育と信仰継承の幸いーー子どもや孫たちは、母の胎内いるときから讃美や祈りの声を聞き、誕生後は、両親と共に礼拝に出席し、聖書の話しを聞きながら育っていく。その結果「あなたの若い日にあなたの造り主を覚えよ」(伝道者の書12:1)のみ言葉の成就を見ます。幼いときに学んだものは生涯を支配します。そして信仰の継承がなされます。
・聖書を土台にする家庭の幸いーー多くの人々は多元主義、相対主義の波の上を漂流し、不安の中を生きています。クリスチャンファミリーには、聖書を土台にした生活、価値観があります。変わることのない確実な基準があり、権威あるみ言葉がある。不確実な時代の明確な基準が与えられている幸いは他にはありません。
・慣習化された慶弔儀式からの解放ーー日本人として生きるとき、様々な慣習化された慶弔儀式を無視できない現実があります。クリスチャンファミリーであれば、すべての慶弔儀式、諸行事を「キリスト教式」で行うことができる幸い、祝福はまことにすばらしいことです。
・天国で再会できる幸いーークリスチャンファミリーは、みんな天国で再会できるのです。ハレルヤ!さあ、クリスチャンファミリーに生きることを願って祈ってまいりましょう。
石田政美(横浜JOYバプテスト教会・派遣牧師)