「祈りの生活」
・昔、青山学院大学の神学部のある教授が、卒業間近い学生に、次の授業のとき新聞紙を持ってくるように伝えました。当日、学生を連れて近所のお寺に行き、釣鐘を囲んで立たせ、持ってきた新聞紙を丸めて玉にして、一斉に釣鐘めがけて投げ続けたそうです。最初は何の音も聞こえなかったが、みんなで投げ続けているうちに、いつとはなしにゴーンという音が聞こえてきたのです。
・すると、教授は学生に向かって「諸君。これだ、これだ」と言って、祈り続けていくことを教えられたそうです。
・私たちの祈りは新聞紙を丸めた玉で釣鐘をたたくようなものである。一回や二回たたいたところで決してゴーンという音など出るものではない。また聖書の1ページや2ページを読んだからとて、すぐ心に響いてくるものでもない。しかし、何回も続けてたたくとき、毎日几帳面に読み続けて行くときに、いつとはなしにゴーンという神の応答を聞くことができるのであり、どっしりした信仰の筋金を通すことができるのです。
・千里の道も一歩から始めなければならない。祈りが本当に自分の呼吸になるまで祈り続けるとき、初めて祈りの喜び、力強さを感じることができるのです。少しの時間でも良い、祈り続けるとき、祈りの秘密を会得できるのです。祈りの生活の第一は祈り続けることなのです。
・「聖書に聴く」生活を豊かにするために『旧・新約聖書一日一章』(榎本保郎著)、『朝の祈り 夜の祈り』(ベイリー著)など導きの書物として紹介します。
石田政美(横浜JOYバプテスト教会・派遣牧師)