壁 ―もしかしたら扉―
・難病という得体のしれない病気になった青年が次のような詩を書きました。「だれだって、大きな壁に当たって、くじけそうになるときがあるだろう。でもそれは、壁のように見えているけど、もしかしたら扉なのかもしれない」
・青年は、難病にかかり、いろいろな壁を感じたのでしょう。なぜ私が?という壁、治るのが分からない壁。しかし、その壁全体を扉と見立てたとき心に不思議な力と光が宿ったのでしょう。私たちも、さまざまな壁を経験しているお互いです。時にはそれが私たちを押しつぶすほどの力をもって覆いかぶさってきます。しかし、聖書は脱出の道を約束しています。
・「あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えてくださいます。」(Ⅰコリント10:13)
・神の真実が私たちを苦しみの中に放っておくことを許さず、必ず脱出の道を備えているという約束です。それは、ただただ壁と思っていた分厚い板に、実は取っ手が付いている扉で、力を込めて押せば何と開く壁だったのです。困難をしっかりと受け止め、み言葉を信頼し受け止める時、救いの道があるのだという事を教えています。
・さらに、聖書はこうも語ります。「苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。」(詩篇119:71 新改訳)
石田政美(横浜JOYバプテスト教会・派遣牧師)