荒野の祝福(1)
・神は「ご自分の愛する民(聖徒)に、なぜ、苦しみを与え、荒野の道を歩ませるのだろうか。」
・アブラハムは安定した居心地のよい地より、神の御霊に導かれ荒野へ。そして、多くの国民の父とした。ヨセフは兄弟たちに落とされた穴から奴隷へ、地下牢へと17年間荒野の道を転々と過ごし、後にエジプトの総理大臣になった。モーセは40年間、イスラエルの民60万人を引きつれて荒野の旅を経て、約束の地カナンへ。ダビデはサウル王及び息子アブシャロムに追われ、ユダの荒野でさまよい洞穴に住む、イスラエルの偉大な王になる。エリヤはイゼベル女王におわれ、荒野のケリト川のほとりへ。そして、貧しいやもめに養われる。バアルの預言者450人とアシュラの預言者と霊的戦いで、大勝利を収め、偉大な預言者となる。バプテスマのヨハネは、ユダの荒野に過ごし、イエス・キリストの公生涯の先駆けとして用いられた。
・神に用いられる人物は、みな神によって荒野へ導かれる。聖書には実に「荒野」という言葉が270回も出てくる。この世での生活は、荒野にたとえることができるからか。
・荒野は、嵐が絶えず、逆境に見舞われ、戦わなければ生きていけない厳しい所。しかし、神は荒野に驚くべき祝福の秘密を隠しておられる。黙想の中で得た答えは、「荒野の中におられるキリスト」に出会うためであることがわかった。荒野は人が住めない所、見捨てられた地、しかし、そこに苦しみと共に、栄光の主がおられるのです。荒野は祝福の地、恵みの地なのです。
・信仰生活の一番大きな悲劇は苦しい環境ではなく、そこにおられるキリスト(神)を見ることができないことではないでしょうか。
石田政美(横浜JOYバプテスト教会・派遣牧師)